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フルートのオーバーホール

車や時計だけでなく
楽器もメンテナンスが
必要です


もう20年以上前に中学校の吹奏楽部でフルートを吹いていたことがありました。最初は叔母から譲り受けた古い楽器を使っていましたが、周囲のみんなが入部早々に新品の楽器を買うのを見て自分も新しいものが欲しくなり、半年後くらいに楽器店のクリスマスセールで定価20万円近いフルートが14万円ちょっとになっていたのをクリスマスとお年玉と誕生日を合わせてプレゼント、ということで両親に買ってもらいました。ほかの子はヤマハの学生用定番モデルのYFL-311という楽器を使っているのに、私はちょっとだけ上のYFL-451(現行のYFL-514や411程度のモデル)を選んだのでキーのデザインが少しオシャレで木製のクリーニングロッドが付いていたり、ケースの中の色に高級感があって、つまらない部分で優越感を味わっていました。

高校でもそのままフルートを吹くつもりで吹奏楽部に入りましたが、希望者が多かったのと先輩が男の後輩を欲しがったことで私は自分の楽器を持っている経験者であるにも関わらず初心者の男の子にポストを取られ、結局パーカッションに所属することになりました。大学ではピアノをやっていたためフルートは中学で2年半ほど使っただけで、(しかも途中からピッコロ担当になったので実質1年くらいしか吹いていない)そのままお蔵入りになり、手入れもほとんどしないまま放置状態でしたが、海外移住の荷物をまとめているとき何となく愛着があって持ってきてしまいました。

最初はドイツの旦那の実家暮らしだったので吹く機会もなく放置され、スイスに引っ越してからも家にはピアノがあるので楽器としての存在すら忘れられていたフルートですが、あるときふとピアノ以外の楽器を演奏したくなり、埃をかぶって棚の上に置かれていたケースを取り出して20年ぶりに開けてみました。見た目は銀が酸化して多少黒ずんでいる部分はあるものの、意外ときれいで光沢も残っています。組み立てた感じも悪くなく、キーの高さもほぼ一定でタンポの破れやカビなども見られません。吹いてみたら、ブランクがあるので最初は少し練習が必要でしたが音の狂いもそれほどなくけっこう使えるものだと思いました。

毎日少しずつ基礎練習を始めて、感覚を取り戻してきたのでフルートを吹くのが楽しくなってきました。しかし、1ヶ月くらいやっているとどうしても息漏れが気になる音や出し辛い音があり、自分の吹き方が悪いのだと思っても何となく納得できず、これはやっぱり20年前の楽器に原因があるのでは、と考えていろいろ調べてみました。ピアノの調律と同様に、管楽器もメンテナンスは欠かせないもので、特に長期間手入れをしていない楽器や古い楽器は痛んでいる部分も多いのでオーバーホール(分解修理)が必要だとわかりました。日本の楽器店や工房だと5万円から10万円くらいかかるようで、私の楽器は1から10まで全て修理が必要だと思われるため少なく見積もってもたぶん10万円です。スイスやドイツの楽器店やフルート職人の料金表を見ても最低5〜6万円、部品代その他調整を入れるとどうしても10万円かかりそう。作業期間は1〜2ヶ月程度。10万あれば新品のヤマハのフルートが買えるし、もともと14万で買った楽器にそれだけ時間と費用をかけてオーバーホールする必要があるだろうか、と悩んでしまいました。でも愛着のある楽器だし、何とかして救えないだろうかと考えていたら、ふと「東欧」の文字が浮かびました。



ヨーロッパとひとことで言っても、西欧(北欧や南欧も含む)と東欧にはまだかなりの経済格差が残っています。東欧には共産主義時代の面影や民族紛争時代の傷跡が見られ、経済難民として西欧を目指す移民が後を絶ちません。ドイツではルーマニアやブルガリアから社会保障手当目当てに流入する移民が問題になり、スイスは旧ユーゴ難民を御荷物のように扱い、イギリスがブレグジットに及んだ理由の一つはポーランド移民の安い労力だと言われています。実際我が家も仕事では西欧諸国での受注は割に合わないのでバルト三国に発注することも多く、数年前よりかなり狭まったとはいえ賃金の格差はまだまだ明らかです。

一方で東欧は歴史的に見れば文化の中心地であった時代も長く、ポーランド王国やハンガリー帝国、強大な神聖ローマ帝国の領土であったりハプスブルグ家の下に発展した地域、ワルシャワやプラハ、ブダペスト、ブカレストやソフィアなど美しく魅力的な大都市もたくさんあります。スイスの田舎町に比べるとはるかに発展している地域も多く、高速インターネットに関してはルーマニアは世界水準だと言われているほどです。(だからハッカーの根城もあります。)音楽でも、東欧にはショパンやリスト、スメタナ、ドヴォルザークなど有名な作曲家がいて、現在も西欧のオーケストラでは東欧出身の団員の名前のほうが多いくらいです。産業では西欧に後遅れていても、文化や歴史では決して引けを取らないので楽器職人のレベルは高いのでは、と東欧に焦点を当ててみることにしました。

ポーランド語、チェコ語、ハンガリー語で「フルート」「オーバーホール」「リペア」「メンテナンス」「楽器店」などを検索し、それらしい店をリストアップして見積もりの依頼を英語とドイツ語のメールで送りました。数時間後には最初の工房から解答が来て、チェコの店でしたが現在混み合っていて請け負えるのは3か月後になるとのこと。でも料金は日本円に換算すると2万円程度だというので、これは手ごたえがあったと思いました。次に返信が来たのはポーランドにある楽器店で、オーバーホールは3万円強、タンポなど部品の質によって値段は異なり、仕上げ調整は店のすぐ近くに拠点がある交響楽団のフルート奏者がやってくれるとのこと。かかる時間は1〜2週間。ほかの店もだいたい同じような解答で、費用は部品交換や研磨、解体から組み立て、調整まで全てカバーしたオーバーホールで2〜3万円、期間は2週間、郵送可能、ということです。英語の解答以外に流暢なドイツ語で返信する店も多くてびっくりしました。ほとんど全ての店から解答を得ることができたので、比較をしてポーランド南部の小さな町にある楽器店を選びました。フルート専門の工房であること、ヤマハのライセンスを持った特約店であること、良心的な値段、作業日数はたった5日間、見積もり依頼の解答が丁寧だったことが決め手になりました。



契約が成立したのでフルートをしっかり梱包してスイス郵便の小包でポーランドに送りました。しかし、ここで送り状の商品価値欄にうっかり500フラン(5万円)と書いてしまったので、ポーランドの工房が受け取るときに輸入税を請求され、工房が受け取りを拒否して税関で小包が足止めになるトラブルがありました。価値は5千円程度だと書いておけば問題なかったのですが、馬鹿正直に値段を書いたので中古品で商用ではないのに課税対象になってしまいました。工房に連絡をして、自分でポーランドの担当税関宛てに楽器の年式や品番、型番、修理のための送付で完成したら確実に送り返してもらうことなど理由を書いて署名したFAXを送り、2週間くらいかかってやっと受理され楽器が無事工房に届きました。

作業日程を工房の技術者に問い合わせたら、私のフルートはもう製造されていないモデルなので現行の純正パーツが使えず、ヤマハから部品を特別に取り寄せなければいけないので当初の予定だった5日間よりも時間がかかると言われました。YFL-311など今も昔もある定番の機種なら部品も常備してあるそうですが、私のYFL-451は当時からあまり売れ筋ではない中途半端なモデルだったようで、部品の調達にも苦労が必要で結局作業を開始できたのは1ヶ月半も先になってしまいました。解体作業や研磨、クリーニングなどは全て終了していたらしく、部品が届いたら2〜3日で作業完了の連絡がありました。送り返してもらうときにまた税関で引っかかると嫌なので、プライベートな荷物のようにして修理費の請求書を入れずに個人名でスイスに送ってもらうことにしました。

数日後、フルートの代わりにスイスの税関から手紙が来て、「ポーランドから貴殿当てに小包が発送されたが、内容物について値段が不明なので課税のため自己申告するように」とのことでした。工房は送り状に一応荷物の価値は1万円と書いてくれていたのですが、受理されなかったようです。仕方なく今度はスイス税関宛てに指定された用紙に記入をして、「20年前に両親から日本で贈られた楽器で、当時の領収書はもう残っていません。ポーランドの知人に譲る交渉をしましたが成立せず送り返されてしまいました。時価は1万円程度です。私個人の所有物です。」という内容の説明を添えてFAXを送り、数日後には無事非課税でフルートを受け取ることができました。



さて、長旅の末やっと戻ってきたフルートは、丁寧に梱包されていてケースカバーまでサービスで付いていました。まるで新品のように磨きあげてあり、銀の黒ずんでいた部分もピカピカです。タンポやフェルト、コルクは全て交換されていて、ネジやバネの微調整、キーの高さなども揃っています。吹いてみたら、今までどうしても息漏れの音が気になっていた中音部がきれいに出るし、高音もすごく出やすくなってよく響きます。低音の響きもよく、速いパッセージで指を動かしたときのキーのレスポンスも快適です。私はフルート専攻ではありませんが、アマチュアでも楽器の状態は演奏にずいぶん影響するのだと実感しました。状態の悪い楽器で練習していると逆効果だというのもよくわかりました。ピアノでも調律が狂っていると耳が痛くなるので、特に初心者はきれいな響きを覚えるためにもきちんと調律された楽器で練習するべきです。フルートも同じで、状態の悪い楽器で頑張ってよい音を出そうとするとアンブシュアがおかしくなってしまいます。定期的なメンテナンスは本当に大切です。

今回のオーバーホールにかかった料金は、全部で税抜き260ユーロでした。そのうちの60ユーロは最初のポーランドの税関手数料と楽器を送り返してもらう郵送料なので、オーバーホールは部品代と技術料全て込みで200ユーロです。実に安い。依頼した工房は職人が3人くらいでやっている小さな店ですが、フルート専門でヤマハの扱いにも詳しく現地の音楽家の評判もよいし、作業結果にとても満足できました。厄介だったのは税関で、余計な手数料と日数がかかってハラハラしました。EU内なら簡易手続きや税関なしでのやり取りも可能だったのですが、スイスはEUに属していないので手続きも面倒になってしまいました。イタリアから送ったり、ドイツの実家に郵送してもらえばもっとスムーズにできたな、と後から思いました。受け取り拒否で連絡のない小包は数週間で廃棄処分されてしまう場合もあるので本当に注意が必要です。また、スイスに居住していて国外で私物の修理依頼をするときも一定以上の金額だと送り返してもらうときスイスの消費税8%を払わなければいけません。修理費にはその国の消費税もかかるため、20%以上の国が多いヨーロッパではトータルで料金がかなり高くなるケースもあります。このような手間と時間を全て考慮しても、日本やドイツ、スイスで依頼するより東欧が断然安かったので実行しましたが、次回機会があったらもう少し税関や諸手続きについて調べて検討しようと思いました。






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