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ドイツでお葬式の手配をする

墓の手入れは
こまめに行わないと


数年間ドイツの実家で義母の介護をしましたが、ついにお別れの時がやってきました。夕方救急車で病院に運ばれて、その夜からこん睡状態になり、次の日の夜、息子と娘と孫娘と嫁に囲まれて89歳の義母は安らかに旅立ちました。雪が降る寒い2月の金曜日の夜でした。もともと持病があり、病院で息を引き取ったので死因関係の難しいことは何もなく、担当医が確認をして書類は後日郵送、遺体は病院に安置、その後の流れは葬儀屋が説明や手配をしてくれるはずだから速やかに葬儀屋に連絡するようにと言われて家に帰りました。

主人は一晩中放心状態や号泣を繰り返し、私も生活の全てが義母の介護だったのが突然終わってしまったので不思議な気分で夜が明けました。悲しくても沈んでいるわけにはいかないので、主人も何とか気力を取り戻し、葬儀の日程のことと心の慰めを兼ねて実家の村の教会の神父さんに電話をしました。

この神父さんは30年くらい前から周辺の村を一括して担当している人で、24年前に主人の父が亡くなったときもお世話になりました。(私は20年前に結婚したので当時のことは知りません。)当時は神父さんも若くて気さくな人だったそうですが、今はすっかりお役所気質というか、それほど熱意を持って活動しているとは言い難いのですがスキャンダルもなく、まぁ普通の田舎の神父さんです。電話をしたのは土曜日の午前中。とりあえず慰めの言葉をいただき、本題に入ります。葬儀は村の教会と墓地なので葬儀屋の都合次第で基本的にはいつでもOK、教会内でミサをしてもいいし、小さな家族葬なら墓地で直接ミサをして教会には入らなくてもよいとのこと。義父は70代前半で亡くなり、仕事関係や親戚の参列者も多い大規模なお葬式だったそうですが、義母は知り合いもほとんどおらず内輪だけなので、直接墓地で行うことにしました。葬儀屋は誰に頼めばよいか神父さんに聞いたら、この村一体の葬儀はだいたい隣町のS社が行っているとのこと。名前だけは私たちも知っていたので、早速S社に電話をかけました。

電話に出たのは社長のS氏。「Sだが。」と何ともぶっきらぼうな口調です。葬儀屋に土曜日の朝電話をするのは、普通は悲報に接した家族だと思うので、慰め口調を期待するところですがS氏はお悔やみのかけらもありません。昨日母が死んで葬儀をしたいので、骨壷(キリスト教徒も最近は火葬が増えています)を選んだり一連の流れを相談したり、話を聞いて見積もりを取りたいと言ったら「月曜の午後1時に空きがあるから来い」と電話を切られました。

最初の電話がこの態度では、温かいお葬式など期待できません。それに、今は何でも比較をするのが当たり前の時代です。あらゆるサービスの価格を比較したり一括見積もり専用のサイトがある時代、葬儀社も当然比較の対象になります。家電購入ではないのでドイツ全土の葬儀社の比較は無意味ですが、同じ町で別の1社に話を聞いてみるのはいいだろう、とT社を選びました。T社は24年前に義父の葬儀をお願いした葬儀屋で伝統もあり、当時手配をした主人も不満はなかったそうなので、少し期待して電話をしました。出たのは社長のT氏。(葬儀屋はだいたい個人経営なので出るのはいつも社長です。)S氏よりも柔和な口調で、母の死を伝えるとお悔やみの言葉があり、葬儀の流れや詳細については月曜の朝11時に店で話し合いをして見積もりを作成しましょう、という話になりました。

これで月曜日に2社と話をして、よさそうなプランを選んで葬儀の具体的な準備ができるね、と少し安心して2時間が経過したところで、S氏から電話がかかってきました。「Sだ。月曜の予約は取り消してくれ。」といきなり喧嘩腰に言われ、主人が理由を聞くと、「T社で予約を取っただろう?ならウチはいらないはずだ。」と。更に、「値段を比べたいだけならお断りだよ。ウチは評判高くて品質もいいから安くないからな。」と一方的に電話を切られました。主人と私は唖然として、しばらく放心状態。母の死で涙も乾かないうちに葬儀屋にひどくあしらわれ、救済を求めて主人は村の神父さんに電話をしました。S氏のさきほどの電話のことを話し、村民や神父さんがおすすめする葬儀社は本当にここなのか、このエリアの葬儀屋はカルテルを結んでいるのか、と意見を聞いたら、今度は神父さんが怒りだして、「言動に注意しなさい!聞きたくありません、私の知った話ではない!」とこちらを責めます。主人はますます傷ついて、神父とS社はグルになっていて裏金でも稼いでいるのだろうか、S氏とT氏もお互いデータ交換をして顧客の個人情報を漏らしているのだろうか、と疑いはじめ、同じ町にあるもう1つの葬儀屋W社に話を聞くことにしました。

W社は葬儀屋とタクシー会社を兼ねている家族経営の店で、義母が一人暮らしをしていた頃にタクシーを頼んだこともあります。S社やT社ほど規模が大きくないアットホームな会社なので、話を聞く価値があるだろうと思いました。電話に出たのはオーナーのW氏(女性)で、少し取り込み中なので月曜の朝に詳細な話をしましょう、と手短に月曜9時に予約をして電話を切りました。S社は一方的にキャンセルされたし、T社とは11時の約束なので月曜に2社回ればちょうどいい具合です。こうして土曜日が終わりました。

日曜日の昼前に電話が鳴ったので親戚の誰かだと思ったら、葬儀屋のT氏で「急に葬儀の予定が入ったので明日11時の打ち合わせをキャンセルしてください。」と言います。他の日付も当分空きがないのでしばらく新規予約はできません、と。不審に思った主人が「いきなり葬式の予定って変じゃないですか?昨日の話では予約の空きはたくさんあるということでしたが?もしかしてS社やW社とカルテル結んでませんか?価格比較できないように口合わせしてるんですか?」と問いかけると、無言で電話を切られました。こちらからかけ直しても電話口に誰も出ません。

最初にS社に予約をして、T社で予約を取ったらS社に断られたので、W社で追加の予約を取ったらT社に断られた、つまりこの町の葬儀屋は何らかの方法でリアルタイムに誰がどの店で見積もり予約を取ったという情報を共有していて、最新予約の1社のみが客と会う権利を持ち、値段やサービスを比較するのは不可能、一度断られたら電話にも出てもらえず、どんな内容であれ面会できた1社と契約する以外の葬儀の方法はない、というわけです。田舎の村には都会のような葬儀屋チェーンなどは存在せず、役所や教会や火葬場まで全て知り合いでつながっている感じがあり、私たちもこれ以上値段やサービスの比較を検討してもしょうがない、最悪の場合誰にも葬儀を請け負ってもらえなくなり、病院も遺体をそう長くは預かってくれないので事後処理に困る、というシナリオを想定し、不信感はあるものの選択肢がないのでW社と契約をするつもりで月曜日にお店に行きました。

お店はタクシー事業所と個人の邸宅を兼ねた敷地の中の1部屋で、棺桶や骨壷のサンプルがいくつか置いてあるほかは普通のリビングと変わりません。社長のW女史がセリフのようなお悔やみの言葉を述べてから本題に入ります。チェックリストに沿ってこちらの希望を聞いていくのですが、一番小規模な家族葬、しかも火葬なのでチェックオプションはほとんどありません。骨壷は80ユーロから800ユーロまであり、私は350ユーロのオシャレな壺がお義母さんに似合いそうだと思ったのですが、主人と義姉はどうせ土に埋めてしまうのだからシンプルなやつでいい、と130ユーロの質素な壺をチョイス。合理的なドイツ人と褒めるべきなのでしょうか。W社と提携している火葬場では火葬に立ち合うことはできないそうで、遺体は病院からW社に運んで服を取り替え、火葬場に運んで、選んだ骨壷に納めて葬儀の当日に墓地に運ばれるということです。こちらがやるべきことは、火葬の前に着せるための生前のお気に入りの服を数日中に持って来ることと、葬儀の当日に神父の言葉の合間や入場と退場で流したい曲をSpotifyで選んで事前に伝えること、神父や親族と相談して葬儀の日程を確定すること、だそうです。あとは打ち合わせなどは何もなく、葬儀の当日に現地(墓地)でお会いしましょう、と。

葬儀の日程は神父の都合や遠方で働いている義兄の帰りを考慮して2週間後になりました。服を届け、曲を選んでメールをし、あとは待つだけ、と待っているところで、待っていなかった手紙が葬儀屋から届きました。代金の前払いの請求書です。見積もりを取った時点で前払いの話は全くなく、その後もそんな話は一言もなかったのに、突然数千ユーロの請求額を即座に入金せよとの文面です。以前義父の葬儀のときは代金は全て後払いで、その他親族や知人の葬儀でも前払いというのは聞いたことがありません。主人は、「この町の葬儀屋は全員グルだから、見積もり比較をしようとした客はブラックリストに載せられて前払いを強要されるのでは。」と疑い、とりあえず無視して様子を見ることにしました。

葬儀の前日に葬儀屋から前払いの念押し書簡が届きました。前払いをしなかったことでドタキャンされても困るので主人が電話で話をして、事前打ち合わせで支払いは後払いのはずだったことや、見積書には必要のないサービスがいくつか入っていて、当日不要になる項目や私たちが自ら処理した項目もあるので最終金額は下がるはずだ、と不満を伝えると、先方のW氏はこちらの支払い能力や支払い意思を疑うようなことを喧嘩口調で並べ立てましたが、最終的には明日の葬儀は予定通り行われて支払いは後払い、で合意しました。

当日は2月の終わりのマイナス2度で強風に雪が舞う、天の嫌がらせのようなひどい天候でした。家族葬で誰にも知らせていませんでしたが、教会の掲示板に日程が貼り出されていたので近所の人や知り合い数人が参列者に加わって、15人くらいのお葬式でした。葬儀屋は社長のW夫人の夫が一人で黒服で来ていて、音楽をかけたり骨壷を下ろしたり、神父の補助作業をして40分ほどで一連の式が終わり、参列者は遺族に声をかけて帰っていき、遺族である夫と私、夫の姉夫婦とその娘は普段は決して仲が良いとは言えない関係ですが、さすがに今日は一緒にお茶を飲みに行きました。大規模な葬儀であれば、あらかじめ飲食店や公民館を貸切にして参列者と共に食事をするのですが、小規模な式ならその場でお開きです。



お墓の土が乾かないうちに葬儀屋から請求書が送られてきました。サービスや多少不満な点はあるものの、お葬式は一応無事に終わったと言えるので、全額を振り込んで蓋をしました。数社から見積もりを取ろうとしたことが原因で、悲しくも温かい思い出になるはずだった義母のお葬式が、カルテル疑惑と不信感とぼったくりのような闇に包まれた苦々しい思い出になってしまったのが何とも言えません。





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